ドラゴンボール超 SUPER HEROはあの頃のわくわくを思い出させてくれる

ドラゴンボールが好きだ。ドラゴンボールの名シーンを見ると懐かしくて泣いてしまう。

テレビアニメでやっていたドラゴンボール超の力の大会にて、最後に見せた悟空とフリーザとの共闘とか熱かった。

 

そんな熱いドラゴンボールだが、前回のブロリーが良すぎた。あんなにも迫力とカッコよさが合わさったドラゴンボールの戦闘シーンを生きているうちに見られるなんて、まるで夢のようだった。旧ブロリーのような完全な敵キャラではない設定もよかった。

 

そんな期待を背負っての今回の映画、かなり期待をしていたのだが、それ以上によかった。

 

以下良かったところと単純に思ったことです。(ネタバレもあります)

 

・ピッコロや悟飯がメインになっていて、それぞれがパワーアップをするシーンが次回の活躍を期待させて、今後が楽しみ

 

・パンちゃん、アラレちゃんみたい

 

・無印のドラゴンボールのようなコミカルさもあればドラゴンボールZのカッコよさもあり、ドラゴンボールの全部が詰まっていると言っても過言ではないと思う。

 

・こんなコミカルなピッコロさんなんて見たくないという気持ち、多少あります。

 

・新しい敵がギャグ漫画みたいなキャラなのに強い、という感じなのであまり強さのレベルがわからなかった。でも、悟空やベジータじゃないと倒せない感じだったのでかなり強かったのだと思う。ピッコロさんも苦戦していたし。

 

・ピッコロが悟飯に仙豆を渡すシーンで悟飯がうまく受け取れず、地下深くへと落としてしまうシーンがある。何かの伏線かと思っていたがなにも起こらなかった。セルが食べてパーフェクトセルになるかと思ったがそんなことはなかった。

 

・セルと戦っているうちに悟飯が覚醒をするシーンがあるが、あのとき「運命の日 魂VS魂」が流れたら、最高だった。ファン以外は覚えてない曲。あと、トランクスの未来編で流れる「青い風のHOPE」も名曲。

 

・悟飯の覚醒、GTのときのベビーベジータみたいだな

 

・次回の映画、魔神ブウが敵として出てくる気がする。それはそれで見たいのでお願いします。

 

・ピッコロが最初に出てきたとき「マジュニア」という名前で天下一武道会に出てきたけど、ピッコロ大魔王ジュニア、魔ジュニア、マジュニアってこと?

 

ドラゴンボールZ 超武闘伝のゲーム、裏技で全キャラを出せる方法があるが、友人から教えてもらったのが「オープニングでガチャガチャとボタンを押す」だった。そんな雑な裏技あるかよ。

 

ワクワクもあれば、感動もある。そして、ドラゴンボールを見たことがあれば、なつかしさも感じるそんなシーンが詰まった「ドラゴンボール超 SUPER HERO」全員見て下さい。

生きるとはなにか

母は晩婚であり、私を生んだのは30代後半である。私を妊娠しているとき、母は糖尿病になった。 もう一人本当は産みたかったそうだが、体の状態もあり断念をしたそうだ。これらは大人になってから聞いた話だ。 

 

中学生の時だ。突然、父が亡くなり、それから母はなんとか頑張りながら私を大学まで出した。 その間も通院しながらも元気に暮らしていた。 

 

その後、私は金銭的にも生活的にも安定をしてきたので、30代を機に私は家を出た。 東京でのひとり暮らしである。 地元とは違い、夜でも多くのお店がやっている、どこへ行くにも便利、誰にも縛られない生活に幸せを感じる日々を過ごしてた。こんな一生続けばいいのに、そう思いながらどこかで高齢になる母をおいて一人で暮らすことなんてできないだろう、きっといつかは実家に戻って帰らなければならないと頭の片隅に思っていた。

 

 あるとき、母から電話があり「腎臓病になった」と連絡がきた。 病院からも説明があり、人工透析をする必要があるという。 透析をしないと長くは生きられないとのことだった。 

 

医者に対して「節制しながら生活していたのになんで…」と言った。母は栄養を考えながら、好きな食べ物も少しにするなど我慢をしながら生活していたそうだ。

 

母はかなり落ち込んでいたが、しかし透析さえすれば生きられるのだ。 週に3回の透析をする必要があるが、それでも楽しく生きている人は世の中にたくさんいる。 透析へ行くにも車での送迎があり、具合が悪ければ最低限の対処を向こうでしてくれる。 

 

だが、私の中ですぐに死なないのだからという安心感があった。そして、母もそう感じたのか表情も明るくなっていった。 

 

しばらくは実家で過ごした。透析後はぐったりして心配だったが、それも何回かで慣れたようだった。 母が大丈夫なことを確認してから、東京の家へと戻った。

 

 そして、私が31歳のとき東京での暮らし3年目に突入しようとしていたときだった。 母からまた電話があった「一緒に病院に来て欲しい」そのときは母もどんなことで病院に呼び出されたかわからない状態だった。その日は仕事を休み、病院で母と待ち合わせをする。 

 

そして、母の順番となり、診察室へと入る。そして医師はこう言った 「胃がんです」 母は胃がんになっていた。ステージ4と診断された。

 

高齢、腎臓病、糖尿病などが合わさった結果、地元の大きな病院でも手術できないと言われた。 抗がん剤も難しく、状況としては絶望的である。母と私、2人とも言葉を失った。そして、母は泣いた。 どうすることもできないとはこのことである。 病院にも通院し、特に問題はないと最近まで言われていた。

 

ただ、先月ぐらいから食欲がなくなり、食べても嘔吐してしまうことが多くなったという。 そのときにも病院からは「たいしたことはないと思いますが、念のため検査してみましょう」とのことで、一応やった検査で出た今回の結果がこれだ。

 

母は激昂に近くはあるが、力がない様子で「今まで検査をしても問題なかったしなんでですか!」と言った。 「このままの状態だと寿命はどのぐらいですか?」と私が聞く。

 

医師は「半年ぐらいかもしれない」と言った。 そうか。半年か。診察室は病院のアナウンスしか聞こえないほどの静寂となった。「ちょっと考えてもいいですか?」と言って、診察室を出た。家に着いても会話ができなかった。 

 

会社に対して「休むことが多くなるかもしれない」と理由も合わせて伝えた。心配をしてくれたと同時に「セカンドオピニオンをやってみたらどうか」と提案を受けた。

 

そうかと思い、セカンドオピニオンを探す。しかし、ガンの治療と透析を同時に行えるところが限られている。どこを探してもダメだった。そのうち、世の中から孤立する感覚になった。自分に血縁のある人がいなくなるのだ。親戚もいるが、深い縁がある人はいなくなる。段々と頭のぼんやりとし始めて、何も考えられない状態になった。しかし、生活をしなければならない。会社に行き、仕事をする。そんな日常を過ごしていた。

 

そこから何があったか記憶がない。

 

そんな中、透析の先生に相談をしたところ、大学病院を紹介してもらえた。 セカンドオピニオンではなく、診察としてである。

 

予約を取り、診察へ行く。紹介をしてもらったのはその病院でもかなり偉い役職のある先生だった。聞いたところ、透析の先生は昔の教え子らしい。専門は内科だが事情を話して見てもらうことになった。

 

レントゲンやMRIの写真を見ながら口を開いた。

 

「これ、手術できそうな気がするな…」

 

 「え…!」

 

 

親子ともども驚いた。 そこから先生は外科の先生に内線をかけて、これまでの経緯を話し、しばらくすると外科の先生が診察室に来た。

 

その先生が言うのは

 

「体の状況もあるのでかなり難しく、正直に言うと開けて見ないとわからないですが、0%ではない気がします」

 

 希望の光が差した。手術をしてみようということになり、検査や入院の手続きなどを行いその日は病院を去った。母は安心した表情をしていた。

 

 そして、迎えた手術当日。手術前に一度会ったが、不安な顔をしていた。「でも、大丈夫だよ」と母へ言った。何も根拠は無いが大丈夫だと思ったからだ。 手術室へ運ばれて、待合室で待つ。7時間ほど経過し、先生が手術室から出てきた。

 

 「一応、成功しました。あとは経過で何もないことを祈りましょう」 胸をなでおろした。

成功をしたのか。良かった。 

 

これをきっかけに私は東京のアパートを退去し、実家へと戻ってきた。 母も元気に暮らしている。 また東京に暮らした気持ちがある。

 

ただ、元気になったタイミングで「東京でまた暮らしたいと思っている」という話をしたら、 「不安で寝れなかった」と言われて、どうしたらいいのかわからない。 でも、またいつか東京で暮らしたい。そんなことを思いながら過ごす日々である。不満もあるが、人生はこういうものだと思いながらみんな生きているのだろう。

 

 

 

 

 

 

デイリーポータルZの新人賞にみんな応募したほうがいい

デイリーポータルZでは新人賞を開催している。募集は5月31日までだ。1週間あるからみんな余裕で書けるだろう。自分は締め切り2日前から書き始めてちょっと遅れて提出することが多い。提出するときメールで「いつも遅くなり大変申し訳ございません」と書いている。今見たら9割ぐらいのメールに「いつも遅くなり大変申し訳ございません」と書いてあった。ごめんなさい。

 

dailyportalz.jp

 

デイリーポータルZWikipediaにはありがたいことに自分の項目がある。

 

「1988年生まれ、神奈川県出身。会社員。「デイリーポータルZ新人賞2014」で優秀賞を獲得し、2014年12月から登場。巨体の食いしん坊キャラで、食べ物ネタを中心とした記事を執筆する。他のライターの食べ物記事に呼ばれて、食べっぷりを披露することも多い」

 

なんだ、食べっぷりを披露って。村一番の大食い自慢みたいだ。

 

自分が入ったきっかけを話させてほしい。今から6年前の2014年に第1回デイリーポータルZの新人賞が開催された。

 

デイリーポータルZは入る前から好きで、地主さんの記事が好きだった。パワーのある記事で何度も笑った。

 

読んでいるときには自分が将来、参加するとは思っていなかった。面白い記事を書くなんて自分にはできない、別次元の人たちの集まりだと思っていた。

 

そんな中で開催された2014年の新人賞。自分がやっているサイトの記事で応募した。「デイリーのライターになりたいぜ!」という気持ちではなく、なんとなく楽しそうだったからだ。

 

送った内容は100キロ離れた目的地まで自転車で行こうとするが、挫折して途中で自転車を実家に送って、電車で行く記事である。体力とその記事を出そうとした気持ちが強い。

 

爆走100km!茨城の買取ショップに自転車で行ってきた :: デイリーポータルZ

(協力してくれた茨城買取ドットコムさんは後日、「僕半日待ちました」と言っていた)

 

103本の応募があったそうだ。その中で自分は運よく優秀賞をもらうことができた。

 

まさかと思っていた。自分の記事に対する編集部のコメントを印刷して持ち歩き、会社に行く前に見てはニヤニヤして、仕事中にこっそり見てはニヤニヤして、寝る前に見てはニヤニヤした。何度もニヤニヤできる。今見てもニヤニヤする。

そして同年、ライターとして参加した。

 

ネルソンさん、爲房さん、與座さん、斎藤公輔さんがこの時に入った同期のライターである。

 

書き始めた当時、ネルソンさんは海外の記事、爲房さんは工作、與座さんは日常のちょっとした疑問、斎藤さんは路上観察とそれぞれが自分の特技を活かした記事を書く中、自分の記事について悩みながら書いていた。

 

そんな中ですごく叩かれて何度も心が折れそうになったこともある。何度もやめようかと思ったぐらいだ。

 

でも、6年間続けて来れたのは、飲み会の席で編集長の林さんから言われた「おれが面白いと思ったから心配しないで」と言われたからだ。今まで生きてきた中でこんな頼もしい言葉をもらったことがなかった。今思い出しても泣きそうになる。

 

あと、ありきたりではあるが、やっぱり撮影、執筆が楽しかったからだ。普段できない経験をすることができる。自分の人生ではもらえなかったラブレターをもらったり、地方にB級グルメを食べに行ったり、ズボンを光らせたり、商店街で野宿したり、無限に食べたりなど、普通に暮らしていたら体験できないことができる。

 

続けて来れた理由で忘れてはいけないのは担当編集の安藤さんのおかげも大きい。「スタバラテやかんサイズで3000円」という記事は安藤さんから提案されたネタだったと思う。担当になってからは色々と失敗が多い自分の記事において進め方で何度も助けて頂いた。

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デイリーには色々な記事がある。バカな記事から学術的な記事まで様々だ。そんな中で

自由に書かせてもらっている。

あまりにも自由に書いているので会社の人に「あまりネットで見ない記事を書いているよね」と言われたことがある。それを認めてくれるデイリーってすごい。

 

なので「これって記事になるのかな」と思ってもとりあえず書いてみることをおすすめする。

書いてみたら面白くなるかもしれないし、自分では当たり前すぎて面白くなかったとしても他人から見たら面白いかもしれない。

 

その書いた記事は色々な人からほめられたり、その記事がきっかけでライターの仕事が増えるかもしれない。

 

自分は書き始めてから休日が輝き出した。何かしら楽しいことを考えたり、やってみたりしている。ライターにはそういう良さもある。

 

楽しい体験をして、楽しい記録を残す。そして、それを世界中の人に見てもらえる。デイリーポータルZのライターになればそれができる。

 

あと、この記事のまとめを見てハッとした。これは意識して書こうと思った。

backnumber.dailyportalz.jp

 

入院するかもと思っていたが無事だった話

ゴールデンウィークぐらいから早朝になると背中が痛くてそれで起きてしまっていた。

 

「背中 痛い」とネットで調べたらすい臓の炎症と書いてあった。それだと入院しないとダメだと書いてあって、そんな不安なことを言うなよ、と怒りながらも震えた。初めての入院である。

 

それを見てから気休めで野菜を食べたりしてた。トマトを無限に食べた。あと、鯖缶

 

もしもに備えて、会社で「入院するかもしれません」と言ったり、パンツを多めに買ったり、寝間着を買ったりなど準備をした。健康診断の時に着る服を買おうかなと思ったが、ふざけすぎて怒られるかもと思ったので辞めた。

 

また、時間つぶしの本やゲームを買った。ネオアトラスシヴィライゼーションという長期の入院を想定した長くできるゲームだ。

 

初めての入院を少し楽しみにしており、入院して記事とか書きたいなーと思って、不安と期待が入り混じりながら今日病院に行った。色々と聞かれる。

 

炎症か?どうだ?

 

結果、筋肉が固まっているだけでした。損した。ラーメン食べるぞ。

 

私が宝くじを当てるためにした3つのこと  

大金持ちになりたい。ただの金持ちじゃない。大金持ちである。ずっと8億円ほしいと思いながら生きている。

 

「100万円あげます」というのを否定している人がいるが、どう考えたってほしい。いらないならください。

 

毎年、年末ジャンボ宝くじが発売されているが、「今年は当たるだろう」と思って毎年買っている。でも、当たらない。300円しか当たらない。

 

もしかしたら、買い方が違うのかもしれない。そう思って今年は色々と策を講じて買ってみた。買う前にしたことを書いていく。

 

① 寝る前に「当たれ、当たれ」と声に出す

気持ち作りのために自己暗示のように買う前日につぶやいて寝た。最初1000回つぶやこうと思ったが、やっているうちに「病んでいるのかな」と思い始めたので、20回でやめた。

 

② アニメ「ラッキーマン」の曲を毎日聞く

少年ジャンプで掲載されていた漫画「ラッキーマン」。ついてない主人公がラッキーマンとなって、ラッキーだけで相手を倒すギャグ漫画である。それがアニメになったときにオープニングを八代亜紀が歌っていた。2番のサビ「お金ひろったことありますか?私いつもひろってます」である。聞いていて当たる気しかしなかった。

 

③ とんかつを食べる

買う前の食事でベタではあるが、とんかつを食べた。ロースとんかつ定食である。あまりのおいしさに絶対にあたる気がした。

 

冗談に思えるかもしれないが、本気でやった。
晦日に当選番号を発表するが、もし、高額当選をしていた場合、引き換えるときのうれしさが半減してしまうので、確認せずにそのまま宝くじ売り場に持っていくことにした。高額当選をしたら、ベルがなったり、小声で「おめでとうございます」と言われるらしいじゃないか。

 

さあ、金持ちになるときだ。売り場の人に見てもらう。当たれ!確認後にもらった明細表です。


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その日、あったかい味噌汁を飲みました。

2019年の記事を振り返る。本当に。

2019年は27本の記事を書いた。

 

今年はタクシーの運転手から聞いた「九段下にあるゆで太郎は外に持っていって外で食べられるんだよ」と聞いて「マジすか!?」と思って、行ったら食べられない記事から始まった。波乱の幕開けである。

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その後、「おれは無限に食べられる」シリーズが始まって、無限に食べたりした。「また、やってください!」と言う声をもらっているので、もしかしたらやるかもしれない。でもなー、最近節制しているからなー。節制して100キロになった。節制の意味よ。

東急沿線さんぽの企画は3カ月間だけだと思っていたけど、ここまで長期でやるとは思わなかった。来年もやるそうです。

特にチャーハンが人気でした。

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あとこの時期、友人の能登さんがやっている「ひざかけちゃーはん」のイベントを阿佐ヶ谷ロフトAでやった。ゲストでオモコロの原宿さん、デイリーポータルZの安藤さん、作家の青崎さん、ライターのたばねさんにも出てもらってかなり大盛況だったようだ。

こないだ、原宿さんから「面白かったからまたイベントをやりなよ」と言われたので、能登さんやってください。あと、単独ライブもやりなよと言われたが、ねー。他の人たちでやってほしい。

 

4月。南アルプス市に行った。山の神様に会ってどうにかなった。あと、川の水を飲んだ。昔のインターネットみたいなことをした。

 

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あと、いい商店街も発見した。たまに行きたい。

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6月。

写真がいい記事も書いた。写真がいいですね。ジャージを着ているときは勝負をするとき、不安なときです。

 

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これも6月、行ったら臨時休業でてんやわんやした。安藤さんに申し訳ない気持ち、ありがとうございますの気持ちである。鬼が出た。

 

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あと、ヨッピーさんの記事に出た。ぐるなびのみんなのごはん最後の日の記事に出してもらって光栄である。人の金で焼肉が食べられて、書かなくていいなんて最高である。今度、寿司をお願いします。

 

r.gnavi.co.jp

 

飛んで9月。謎が解決しない記事を書いた。賛否。

 

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こういう記事って、だいたい聞いて行くうちに解決していくだろう。全然、解決しないまま謎で終わった。斬新である。

 

あと、ヨッピーさんまたご飯をおごってもらった記事が出た。イカ焼きなんて初めて知った。

 

www.hotpepper.jp

悪目立ちしないようにしたけど、はりきればよかった。でも、賛否があった直後だったから...。

あと、文化放送に出た。文化放送文化放送、JOQR。就職試験を2回受けたほどの入りたかった会社だ。出れて良かった。

色々とあったが来年も頑張るぞ!